過去のブログ記事を整理していたら
ある記事に目が止まった。

 

私はブログを8年間続けている。

その総記事数は4000を超えるが
実際に読んでいただける記事は
約2000記事程度。

大体半分程度。

 

これには理由がある。

 

不思議なもので、私はブログを書いた後
しばらく時間が経つと
何を書いたのか、忘れてしまう。

自分で書いているにも関わらず、だ。

 

ひどい時には、公開ボタンを押した直後に
忘れてしまっている事すらある。

文章に綴っている間に、伝えたい事や思いが
ブログの投稿記事、文字の一言一句に
乗ってしまっているのだろう、とすら思う。

 

なので時折、ブログ記事を読み返す。

そうすると、こっ恥ずかしくて
頭を覆いたくなる記事や

当時の調子に乗った自分の発言に
顔を赤らめたり

自分、すごい! と

過去の自分を褒めたい記事まで
様々出てくる。

 

もちろん、ブログを書いた当時には
それなりの思いや感情があって
書いているのだが

あまりにも今の考えと違っていたり
ツイッター替わりに使っていたような記事は
積極的に非公開にしている。

 

その中で、今日読んだ記事は
何度読んでも、自分の心の叫びのようだ、と
強く感じた。

 

その記事はこれだ。

 

このブログ記事のタイトル

「命が終わってしまったら、知識は残らないから 講座します。」

これは私が、常々考えている事 そのものだ。

 

私の命が終わった後

私の中にある知識は消える。

 

その知識を繋いで渡すことが

私にとって「教える」ことそのもの。

 

だから私は、私から学んだ知識を使い
自分自身と、自分の元を訪れたクライアントに
使って欲しいし、使ってくれるような
生徒が現れるのを待っている。

なぜ待っているのか、というと

私は講座に関しての熱意が強すぎるからだ。

 

私の教え方や熱意は、生徒によっては
熱苦しい押し付けに感じるだろう。

そうなると、生徒のやる気も削いでしまう。

なので出来る限り、サラッとした態度で
教えるように心がけている。

だから生徒からの質問や熱意は大歓迎。

むしろ自分なりの考えから
私に質問してくれる事は、とても嬉しい。

 

私は、私が学んだことや知っている事を
私が存在しない未来にまで、繋いでいきたい。

そうする事で、悩んでいる未来の誰かを
救うことになるんではないか。

 

そして、私が知らない 今ここにいる誰かを
生徒が救うことが出来るかも知れない。

 

そして、生徒の元を訪れた 学びたい誰かが
教えを請う日もくるだろう。

 

そうやって、私の知識は誰かの手と記憶に
残っていくだろう。

私が、私の手と記憶に持っている
過去の偉大な人達からの教えのように。

 

私は本気で成長したい人を応援するし

本気でスピリチュアルな仕事をやって行きたい人を

今後もサポートしていきたい。

 

なので私は、これからも講座を続けていく。

 

あなたが本気で進んでいきたいなら

私も本気で力を貸そう。

 

それが私が教える意味であり

私に出来る導きだろうから。

 

そしてこれこそが、私が講座を開催する
私が教える、たった一つの理由だ。

 

2019年は大阪を始め、東京・福岡・仙台で
講座開講が決定している。

現在の予定はこちら

マンツーマンで、様々な事を学びたい人には
マンツーマン講座も用意しているので
予定が合わない方はこちらも利用して欲しい。

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