「亡くなった人はいつも
私の側にいるのでしょうか?」

「いつも後ろで
見守ってくれているのでしょうか?」

 

私の仕事は、サイキックミディアムという
亡くなった人の声を聞くこと。

なのでこう言った質問を
いただくことがある。

 

亡くなった人はいつも
自分の側にいるのだろうか?

 

答えは半分イエスで、半分ノーだ。

どういうことか説明しよう。

 

見守っている、と聞くと
いつも側にいるように感じるだろう。

だが実際には、亡くなった人は
いつも側にはいない。

 

あの世に行ったら行ったで
やらないといけない事もあるし
自分の楽しいこともしたい。

亡くなった人も忙しいのだ。

 

そして、見守るだけであれば
側にいる必要もない。

あの世という場所は
この世にいる人の行動、やっていることが
筒抜けになっている。

筒抜けなので側にいなくとも
誰が、どんな事をしているのか
全部お見通し。

なので24時間365日
側にいる必要もないのだ。

 

ではどういった時、自分の側に来るのか?

 

それは亡くなった人が
その人の側に来たい時。

そして私のような、亡くなった人の声を
聞くものが側にいる時だ。

 

前者の理由は様々なものがあるが
会いたいから、顔を見たいから
応援したい、勇気づけたいとか
色々な思いがある。

それは亡くなった人の思いによるもの。

彼らの意思によるものだ。

 

後者は亡くなった人の声を聞きたいと思い
私の元を訪れた時だ。

この時、亡くなった人たちは
クライアントの要望に応える形で
私の元に来てくれる。

 

だけどこの時も、常にクライアントの
後ろにいる訳ではない。

亡くなった人は殆ど、私の後ろにいる。

それは単に話しやすいため、で
クライアントの顔を見たいから。

そんな理由で
私の後ろに立ってくれている。

 

亡くなった人は、いつだって
私達を見守ってくれている。

それは側にいなくても出来ること。

だけど、あなたが気づいていないだけで
自分の元を訪ねてくれている。

 

側にいることが大切なのではない。

いつも見守ってくれている、と
知っていることが大事。

 

それこそが、亡くなった人との
愛の絆であり、魂の結びつきなのだと
私は強く感じているのだ。

 

 

 

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