私が中学生の頃。

テレビ番組に出ていた
ある占い師さんがいた。

 

その人はすごく若かった。

当時、私の知っていた占い師さんといえば
おじさんかおばさんで、着物を着ていたり
ベールを被っていたり。

 

しかしその占い師さんは、ソバージュヘアで
人を食ったかのような
真っ赤な口紅が印象的だった。

そう、時はバブルだったのだ。

声や話す事も、いろいろ独特で
私は今まで知らなかった世界を見た感じがした。

その後、この占い師さんを
テレビや雑誌で何度か目にして
気にはなっていたものの
その占い師さんに会う、という
考えはなかった。

 

何故なら、その先生は東京に住んでいた。

 

当時の私にとって
東京はすごく遠い場所。

なので諦めていたのだ。

 

そして月日は流れ、20年後。

なんとネットで、その占い師さんを発見した。

そして、その占い師さんが利用していた
SNSで友達申請を送ったのだ。

この時私は、期待半分、諦め半分だった。

昔からテレビで知っていた 憧れの先生が
承認してくれる訳がない。

そう思っていたから。

 

しかし予想を裏切り、その占い師さんは
私の送った友達申請を
あっさり承認してくれたのだ。

今考えると、そのSNSはとても緩かったし
ネット上での危険性も、今ほど
認識されていなかった。

なのであっさり承認してくれたのだ、と思う。

最初にSNSの申請を送ってから
9年の月日が経った。

 

この占い師さんこそ、今私が先生と呼び
数多の学びを与えてくれている
マーヤラジャ・ディーヴァ先生だ。

私はまだまだ、経験が足りないが
先生から任せてもらえる事も増えた。

マーヤラジャ先生とのご縁は
私がネット検索をした事で出来た。

 

だけど、私がその場で
友達申請を送らなければ?

ためらって行動しなければ?

 

間違いなく、今の私は存在しない。

私があの時、行動を起こさなければ
今の私は主婦だったかも知れない。

本当に出会い、ご縁とは
不思議なものだ。

 

「ご縁があったら」

この言葉を耳にする事がある。

 

私はスピリチュアル業界に
身を置いているから、よく耳にするのだろう。

何故ならスピリチュアルな考えの一つに

「必要ならご縁ができる」
「必要なご縁は用意される」 というものが
あるからだ。

 

確かに、自分に必要なご縁は用意されて
目の前にきちんと訪れる。

 

でも、目の前に訪れたとしても
自分が意思表示をしないと掴めないし

ご縁がいくら目の間に訪れたとしても
自分が気づかないと掴めない。

 

それを、一体どれくらいの人が
知っているのだろう?

 

ご縁、というものは
ある日突然、目の前に訪れる。

だが、自分が何も行動しないと
そのご縁は通り過ぎていく。

用意されていた食事と同じで
自分が食べようとしないと
あなたが得られるものは無いのだ。

ご縁に気づくためには、常に周囲を見渡し
掴むための行動を、起こさなければいけない。

何故なら、運命はあなたに対して
強引に縁を結ぶことはしないからだ。

 

もし運命が縁を結ぶなら
あなたの気持ちなど無視して
強引に縁を結ぶだろう。

そうなると、嫌いな人や苦手な人と
結婚するような縁を結ばれるかも知れない。

だけど、人には選択する自由が許され
自分の思いのとおり動いても良い。

だからこそ、あなたが選んで決めて
行動に移すことが大事なのだ。

 

「ご縁があったら」

 

そういうあなたの目の前にも
既にご縁は、訪れているかも知れない。

ご縁に気づき、掴むのは
いつだってあなたの気持ちと行動次第なのだ。

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