「霊が怖い」

そんな声を、私はよく耳にする。

なぜこんな話をされるのか。

その理由は私の仕事に関係している。

 

私の仕事は、サイキックミディアム。

いわゆる霊能者。

 

亡くなった人の声を聞いたり、霊を浄化したり
人に憑いた霊的なものを取ったり、など
目に見えない世界に関わることが仕事だ。

 

なので、霊に関する質問をよくされるのだが

実は私には「霊が怖い」という感覚が
よく解らない。

 

何故なら私は、幼い頃から

霊を見たくて見たくて見たくて

仕方がなかったからだ。

 

今でこそ、私は霊が見えるようになっているが
それは割合最近の話。

それまでの霊体験は、数えるほどしか無い。

 

火の玉みたり

深夜誰も居ないはずの場所で
沢山の人が話している声が聞こえたり
寝ている所、背中を叩かれて目が覚めたが
背中側には壁しかなかった、とか

その程度だ。

金縛りは、主人が掛かっていた事はあるが
私は未だに無い。

 

そして私にとっては「見えない=無い」であって
見えないものである霊が怖い、なんて
考えたことも無かったのだ。

 

では見えている今、霊が怖いのかというと
全く怖く無いどころか、むしろ好きになった。

その理由は、皆が忘れている事かも知れない。

 

私は、霊を肉体がない人間だと思っているし
事実その通りなのだから。

 

それを確信したのは、父の初盆の出来事が
きっかけだった。

実家に帰省した時、いつもと違う空気が
部屋に漂っているのを何と無く感じた。

 

何がどう違うのか、は説明できない。

しかし、違和感がとにかくあるのだ。

 

なんだろうな、と考えても答えは出ないので
気にせず、初盆という名の食事会を楽しんでいたら
突然、4才の甥っ子がこう叫んだ。

「6人いるねえ!」

この場にいるのは5人だよ?

しかし甥っ子は、6人いると繰り返した。

その場では あー、帰って来てるのかもねーと
雑談になって、その話は終わった。

そしてその夜、自宅に帰ってから
ふっと気づいた。

 

実家で感じていたあの違和感。

あれは気配はあるのに、姿が見えなかったせいだと

本当にふっと気づいたのだ。

 

私の中で、あの違和感は霊となった父が
実家に帰って来ていた確信へと変わり
更に、霊がいると あのような感覚になるのだと
初めて知った出来事でもあった。

そしてこの時、霊は人だとも知ったのだ。

 

霊は、肉眼で容易に認識できない。

だからこそ、怖いと感じる人もいるのだろう。

 

だけど霊が家族だったとしたら?

 

自分の大切な家族に、肉体が無いだけだ。

どうしてそれが怖い?

 

もちろん、通りすがりの霊もいるし
街中を歩いている霊だっている。

だけどその霊たちが、何かをするとは限らない。

 

自分がイライラするからって
通りすがりの無関係の人に
何かしたいと思うだろうか?

それと同じ感覚でとらえて貰うと解りやすいだろう。

霊にも性格があって、それはほぼ生前と変わらないのだ。

 

霊は元々人なんで、大体話は通じる。

これは霊が見える見えないは関係ない。
自分が心の中で、霊に話しかければいいだけだ。

 

生前に嫌がらせをするような性格だったり
卑屈で承認欲求が強かったなら 何かするかも知れない。

しかし、私が知る限り そういった霊はほんの一握りだ。

 

 

霊は決して怖いものではない。

霊は肉体が無いだけの人。

霊を怖いと思うのは、肉眼で見えないから
不安に感じるだけ。

そしてそれを生み出すのは、目に見えない人が
そこにいるかも知れない、という自分の心。

何も恐れる事はないのだ。

 

もし万が一、変な霊に絡まれたり
嫌がらせをされていると感じたなら
それはプロである、私たちの仕事になる。

だけど、こういった事は
そう頻繁に起きる事では無い。

だから安心して欲しい。

 

子ども叱るな 来た道じゃ

年寄り笑うな 行く道じゃ

霊怖がるな 行く道じゃ

 

霊は人であり、人もいつか霊になる。

そして私達も、いつかは必ず霊になる。

 

霊は私達の将来の姿であり
魂そのものと言える存在なのだ。

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