過去生に出会った時の話。

過去生、ってご存知ですか?

 

今の自分に生まれてくる前
別の自分として生きた過去を「過去生」と呼びます。

 

前世、と呼ぶこともあります。

前世という場合、一つ前の人生を「前世」
2つ以上前の人生を「過去生」と呼びます。

 

人はこの世に再び生まれてくる時に
過去生の記憶や経験は忘れるようになっています。

しかし魂には、自分として存在した
全ての記憶と経験が残っているんですよ。

 

今の自分がスマートフォンやパソコンだとするなら
魂の記憶はオンラインストレージや
クラウドのようなもの。

 

スマートフォンの自分に無くても
オンラインストレージの魂には記録されているんです。

 

もしくはスーパーの棚と倉庫みたいな感じかな。

スーパーの棚には並んでいなくても
倉庫にあればまた棚に入れることが出来ますよね。

 

そんな感じ。

 

記録されている、在庫があるんだから
いつだって出すことができるんです、本当は。

 

だけどそんな簡単に
上手くいかないのですよね。

 

なんでか?

 

それは今の自分が、真っ白で
生まれてくることに理由があります。

 

私たちは「今、この人生で学ぶことがあるから」
生まれてきているわけです。

そして新たに経験することで成長していく。

 

その時に過去生の記憶や経験を使うことが
邪魔になったり、成長を妨げてしまうことがあります。

そんな事が起きないよう、私たちは忘れて生まれます。

 

ある意味何にも先入観がない状態で。

 

だけど過去生には「今、この人生で学ぶこと」の
原因と理由があるわけですよ。

「今の自分には必要ない価値観」なんてものもあります。

 

そして過去生を知る事で

 

  • 自分が何を今、するべきなのか?
  • 今の自分に、いらない価値観は何か?
  • 悩みの原因や理由は何か?
  • 対人関係における悩みの理由は?
  • 過去の自分が影響している思考は何か?

 

解ります。

というわけで、過去生の自分に出会ってきたんです。

 

実は私、自分の過去生はいくつか知っています。

 

ですが自分が知っている過去生は
「霊能者」という仕事に関連するものばかりでした。

 

当たり前の話なんですが、生まれ変わるたびに
同じ職業であるはずもないし、国や性別、時代だって違う。

だから違う人生が出てくればいいな、と考えていたんです。

 

過去生との出会い方は
講師に誘導瞑想をしてもらうやり方です。

自分はリラックスして座り、目を閉じて
講師の声に耳を傾けるだけ。

声に導かれるまま、自分の魂の奥深くに
繋がってゆきます。

 

魂の奥にある過去生の記憶。

 

記憶の扉を開けて
今の自分に必要な過去へ戻ります。

 

そして意識の中で、ゆっくり目を開けます。

肉体の目は閉じたまま、なので
夢の中で目を開く感じです。

 

 

そこに広がっていたのは
ヨーロッパの街並みでした。

 

目の前には赤いレンガ造りの
大きな駅のような建物。

建物の塔のように見える部分には
大きな時計が埋め込まれてます。

 

建物の前は、石畳の広場のようになっていて
大人や子供、男女様々な人々が行き交っています。
馬車も走っていました。

 

場所は多分ミラノ。

 

まだイタリア、として成立する前の時代のようで
細かい年代は解りませんが、中世以前ではなく
1700年代ぐらいのイメージ。

この時ほど世界史、しっかり勉強しとけば
良かったと思ったことはない。

 

そこにいる私は12〜13才。

屋台の八百屋で手伝いをしている
赤みがかった茶色い髪のそばかすがあるのを
気にしている女の子でした。

 

学校には行っておらず、読み書きは石畳に
ローセキというチョークのようなもので
大人や友達に教えてもらっていました。

 

家族は母がいますが、酒に溺れていて
働かないため、自分で八百屋の手伝いをして
生計を立てていたようです。

 

そこで場面が変わり、私は結婚して
違う地方に移ることになりました。

 

どういう経緯か解りませんが
夫は羊飼いか牧場をやろうとしていて
新しい場所で生活を始めようと移住したのです。

 

地名はありましたが、あまり耳馴染みのない場所。

ですが今のイタリアのようでした。

 

移住した先はとても緑の多いのどかな場所。

美しい夕日が牧場を照らすのを見ています。

 

もう本当に、涙が出るほど美しい光景で。

 

そしてこの時代の私は
ここで生涯を終えたんだなと感じたのです。

 

死の瞬間を直接見たわけではありません。

 

なんとなく、あーここで命を終えたんだなぁ
って感じです。

 

でね、私がこの体験から感じた事は

 

「平凡な人生こそ幸せかもしれない」

 

と言うこと。

 

正直なところ、エンターテイメントとしての
過去生であれば、波瀾万丈で苦しい出来事や
素晴らしい出来事、乗り越える出来事がある方が
見ていて楽しいのは楽しいんですよ。

 

だけど平凡な人生であったとしても
それはある意味 ものすごく不幸なこと
出来事が起きなかったと言う事なんじゃないかなって
感じたんです。

 

あの時代の私は、特別な能力は使っていませんし
普通の農家のおばちゃんをやっていたわけです。

 

だけど確実に幸せに生きていた。

そう感じたんです。

 

そして過去生から学んだ経験を生かして
私は今を生きているんだなと感じました。

 

私はこの過去生で起きた経験を、今
母親との関係性に生かしていことがわかったんです。

それは自立に関することなんですけれど
この話はちょっと長くなるので省略。

 

この過去生の母親は現在も母で
同じく夫は現在の夫です。

 

ここまで同じ関係性になるのは
珍しいんですけどね。

 

 

過去生に出会うことは

過去の頑張った自分に出会うこと。

 

今の自分がやっていることが間違っていない。

 

私はそう、確信できたのです。

 

素晴らしい体験でした。

 

 

過去生に出会う事は、人それぞれによって
どのようなことが起きるか分かりません。

ですがもしあなたが、自分の過去生に出会いたい。

 

そう思うなら、このオンラインワークショップがあります。

【オンラインワークショップ】 過去世との出会い
 

私が自分の過去生に出会ったのと同じ要領で
皆さんが過去生に出会えます。

 

そこから何を感じ取るかはあなた次第。

そしてそれは過去に頑張って生きた
あなたに出会うことでもあるのです。

 

 

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